カスタマーサクセス実践論

METRICS

「サービス導入後に、ユーザーが思ったようにサービスを利用していない」

「ユーザーの利用状況が芳しくない、利用の向上と安定化はどうすればよいか」

「PMF(プロダクトマーケットフィット)していない。どんな課題にどのように応えるべきか」

SaaSビジネスにおける既存顧客の利用については、事業が進むにつれ、様々な問題が生じてきます。こうした問題の解決手法として、Saasビジネスの中で求められる機能の一つが「カスタマーサクセス(CS)」です。CSは、サービスのライフタイムバリュー(LTV)を伸ばすために、顧客と最も接点を持つ役割を担います。一方で、CSが何をすべきか、具体的なアクションは明確には定義されていません。

——BtoB SaaSが継続的に成長するためには、事業フェーズによって、CSの機能自体も変化する必要がある

私はユーザベースのBtoB SaaSビジネスであるSPEEDAに過去8年間、CSとして携わってきました。事業の黎明期から成長期にあたって、私自身、CSとして何をすべきか常に模索をしてきました。

SPEEDAは、業界分析や企業調査のための経済情報プラットフォームで、現在では国内外で1,500社以上の企業にて利用されるサービスですが、過去には様々な変遷がありました。初期は金融機関・コンサルティングファームでのリサーチ業務向けのサービスとして展開、その後は事業会社の企画業務向けのサービスとして拡大、対象顧客と提供価値をシフトさせてきました。その変遷の中で、私もCSの対応を柔軟に変化させてきました。過去のCS活動を通じて、CSの変化の必要性を今では強く認識しています。

  1. CS不要:プロダクト開発に注力
  2. CS始動:解約阻止に注力
  3. CS応用:次のコアターゲット顧客向けにプロダクト開発に注力

事業の初期から発展期にかけて、全社的に注力すべきことは異なります。その中で、CSの役割も切り替えていくべきです。この記事では、3つの事業フェーズに分解し、それぞれのCSの機能を言語化、LTV拡大に向けてできる取り組みをお伝えしていきます。

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フェーズ別、カスタマーサクセス機能の設計図

今回は、ビジネスフェーズとそれに対応するCS設計を、3つのフェーズ(カスタマーサクセス前期、カスタマーサクセス期、カスタマードリブンディベロップメント期)に分類しました。次章から、フェーズごとのCSの役割を詳しく説明していきます。

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1.カスタマーサービス期:初期フェーズはCS不要、プロダクトに注力

カスタマーサービス期は、初期ターゲット顧客の開拓期です。コアターゲット顧客にフォーカスしたプロダクト開発を行い、顧客獲得ができ始めている状態です。年間解約率は0~5%と限定的なので、アップセルや、コアターゲット顧客向けにまだ対応できていないニーズへの対応を練るべきフェーズとなります。

例えば、ユーザベースのSPEEDAの場合は、コンサル・PEファンド・投資銀行などを初期ターゲットとして、日々フィードバックを得ながらプロダクトを尖らせ、顧客開拓をしていたフェーズになります。

ターゲット顧客に向けてMust haveになるプロダクトを作りきる

このフェーズでは、ターゲット顧客に向けてMust haveになるプロダクトを作りきることが最優先テーマです。そのために、セールスが顧客フィードバックを吸い上げ、それを開発につなげていくというサイクルをひたすら磨き込むことが重要です。

顧客数も少ないため、CSを専任で配置する必要はありません、むしろ、創業者やセールスが直接カスタマーサービスに参加し、ユーザーニーズの解像度を上げていくことが大切です。契約開始後に利用が定着しない、他の製品によってリプレイスされてしまうといった課題がある場合、CSチームをつくりオンボーディング支援、解約阻止をしようという思考になりがちです。しかし、このフェーズでのハイタッチCSは、場当たり的な対応になってしまい、本質的な顧客ニーズ把握ができず、プロダクト開発が遅れるというリスクをはらんでいることを忘れてはいけません。

オンボーディング支援や利用促進は重要であることは変わりません。しかし、限られたリソースの中では、この機能に特化したCSを配置するよりもセールスが一気通貫で対応する方が効率的です。

カスタマーサービスとカスタマーサクセスの違いについても明確にする必要があります。カスタマーサービスとはカスタマーエクスペリエンスの向上を目的として、サービスを提供する機能です。この機能が効果的であれば、顧客のロイヤリティもあがり、プロダクトのMust have化にも繋がります。

SPEEDAでも、事業開始時点からカスタマーサービスを行ってきました。「SPEEDAのファンを作る」という目的にて、コアターゲットである金融機関・コンサルティングファームの顧客に対して、財務データの抽出・作成・加工を代行。一度体験すると離れられない顧客体験を作り出すことに尽力していました。
プロダクトの性質やビジネスモデルによって、カスタマーサービスの向き不向きはありますが、プロダクトのMust have化の一貫としてこのフェーズで伸ばすべき機能の一つです。

SPEEDA事業では、2016年までカスタマーサクセス専任のチームはなく、セールスがアップセルや紹介依頼を目的に既存顧客との接点を維持し、カスタマーサービスがカスタマーエクスペリエンス向上を目的にコンシェルジュサービスを行う体制でした。

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2.カスタマーサクセス期:解約に向き合い、CSに注力

カスタマーサクセス期は、第一成長期後の調整期です。コアターゲット顧客以外での市場開拓が始まり、顧客属性が多様化、PMFが完了してない顧客属性も抱えている状態です。コアターゲット以外の顧客解約率が10%を超え、解約阻止が重要課題となります。

SPEEDAでは金融機関・コンサルティングファーム以外に、事業会社の顧客が増え、その利用定着が課題となりました。

解約阻止、継続的利用の促進にフォーカス

このフェーズでは解約状況が悪化する中で、特に解約阻止に向けて短期的・集中的にアクションを取る必要があります。

具体的には二つのアクションが必要です。「導入支援・利用促進などのプロダクト価値の啓蒙活動」と、「顧客分析によるターゲティング・解約理由の追求」です。

前者では、オンボーディングサービス、リテンション目的の定期的な説明会や継続プランの提案、解約リスクの高い顧客向けのハイタッチサービスなどが挙げられます。

後者では、利用ログの定量分析、顧客の業務内容・ペインポイント・代替可能価値/不可能価値・期待値・ユーザーの役職・予算感の確認、それによる顧客毎の解約リスクの把握などが必要となります。

このフェーズを、カスタマーサクセス期と表現しましたが、この2つのアクションがCS活動の根幹かつ真髄です。そのため、これ以後のフェーズではこの2つを徹底的・効果的に実行することが重要です。

また、これ以前と以後では、顧客接点に期待する効果が明確に異なるため、このフェーズ変化の見極めと、CS導入後のアクション設計においては、現場任せではなく経営陣も意思決定に関わる、社内で議論を深めるなど、注力すべきです。

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SPEEDAでは2017年からこのフェーズに突入し、カスタマーサクセスチームを始動しました。私がその中で注力してきたことは、既存顧客へのインタビューによる課題のあぶり出し・リスク把握と、顧客に合わせた解決策の提供でした。顧客属性が多岐にわたる中で、属性別に課題を把握し、打ち手を早めに出すことで、解約リスクをコントロールできるようになりました。

一方で、オンボーディングの徹底とカスタマイズにもっと力を割くべきだったと反省しています。

サービス導入直後の顧客は意欲的で、情報把握も容易かつ、対案も提供しやすい状況にあります。そうした顧客に対して、誰が、どの程度、何のために利用し、どういった効果を生み出すかを設計、顧客と一緒に認識し、それを実現することで長期的な利用へとつなげることができます。これからカスタマーサクセス期を向かえる方々は、特にオンボーディングに注力ください。

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3.カスタマードリブンディベロップメント期:次なるターゲット市場へのPMF向上に注力

カスタマードリブンディベロップメント期は、第2成長を狙うプロダクト開発期です。カスタマーサクセス期を経て、顧客属性別のニーズとPMFも明確となり、注力すべき顧客市場を選別できている状態です。次にターゲットとする顧客市場に向けて、PMFを向上し市場開拓を企図するフェーズにあります。

第2のコアターゲット顧客に向けた開発をCSがドライブ

ここにきて、CSが蓄積してきた情報やノウハウを、プロダクトやサービスへと還元します。ターゲット顧客のペインポイント、具体的な活用シーンと効果という情報が、開発の羅針盤になります。

具体的な取り組みとして、カスタマードリブンな開発会議の設置が有効です。この会議では、既存のターゲット顧客の中から代表的な企業をピックアップし、詳細な顧客業務、課題・ペインポイント、現在のユースシーン・ケース、理想像と現状の差分などを、CSと開発チームが一緒にディスカッションします。これを例えば3社分、1社につき1時間、四半期に一回という頻度で定期的に行い、狙うべきニーズと訴求すべき価値を見定め、具体的な開発へとつなげていきます。

CSが顧客とのコミュニケーションから拾い上げるニーズは、時に表面的、断片的なものになってしまいがちです。CSでは改善・新機能1件に要する工数が分からず、ROIが測れないまま、開発コストを浪費してしまうことにつながりかねません。また開発チームだけでは、様々なニーズの中から、本質的に重要なものだけを選別することは困難です。両者の持つ情報の差異によって連携の難しさが生じます。顧客情報を中心に置き、開発会議を進めることで、その差異を埋めて開発計画を立てることができます。

CSの持つ情報が開発のドライバーとなるためにも、やはりカスタマーサクセス期でのCSの取り組みは必要不可欠です。一足飛びではカスタマー ドリブン ディべロップメント期の開発は成しえません。また、カスタマーサービス期では、セールスが商談の段階から顧客のニーズ・情報を把握し、その還元を行うべきです。そのため、全てのフェーズでCSが開発のドライバーとなるわけではない点、ご留意ください。

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3つの事業フェーズごとに取るべきアクションと、CSの取り組みについて、私の考えをお話をしました。

本稿の内容は、私のCS経験を基に展開しており、ビジネス性質やビジネスモデルの違いから、現場の実態と異なるといったご意見もあるかと存じます。

私がSPEEDAに参画した2013年当時、Customer Successという概念自体が日本ではほとんど認知されていませんでした。私自身、その時から、継続的に既存顧客に対して、何をすべきかを考え、自身とチームの役割を柔軟に変化させてきました。

そうした背景からも、本稿で、私が最もお伝えしたいのは、「CSはビジネスフェーズに合わせて変化すべき」という点です。ビジネスフェーズごとに柔軟に注力ポイントを変化させ、CSに求める機能も変化・拡大をさせていくことができれば、強くしなやかな経営が実現されます。

LTVの拡大という目標に向けて、更にできることや改善すべきことを考えるうえで、本稿がご参考となれば幸甚です。

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■ 執筆者のプロフィール

大鹿 琢也(Oshika Takuya)

2013年にユーザベースに新卒1期として入社。入社2年目にSPEEDA Customer Loyaltyチームのリーダーを歴任。2014年末から香港に赴任、アジア事業の立ち上げを、岩澤(現UB Ventures代表)と共に推進。
入社以来、一貫してSPEEDAのCustomer Success(CS)に従事し、クライアントの産業調査・業界調査支援、プロダクト・コンテンツ企画・開発をリード。2018年から、Head of Asia Customer Sucessとして上海、香港、シンガポール、スリランカのCSチームのマネジメント、アジア事業企画・開発などを経験。
2021年より、UB Venturesに参画。国内外でのSaaS事業立ち上げ経験を活かし、ハンズオンでのスタートアップ支援を行う。


執筆者:大鹿琢也 | UB Ventures プリンシパル
2021.03.15