自分の待遇は本当にフェアか?疑問を解消できるキャリアSNS「WorkCircle」の真価

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日本の賃金が低いのは、キャリア情報の透明性が確保されていないからかもしれないーー。

年収、レイオフ時の退職金など、リアルなキャリア情報を匿名で交換できるSNS「WorkCircle」https://workcircle.jp/が、2023年3月のリリース以降、順調な成長を遂げている。2023年8月にUB Venturesが投資を決めた背景と、WorkCircleが目指す世界観について、WorkCircle創業者のテリー・ドリュー氏、代表取締役の冨成俊亮氏とUBV代表岩澤脩に話を聞いた。

──2023年3月にリリースしたキャリアSNS「WorkCircle」が急速に伸びていますね。どんなサービスでしょうか。
WorkCircle冨成WorkCircleは、テック企業向けの匿名のSNSです。登録時に、会社ドメインのメールアドレスが必要なので、匿名でありながらどこの会社に所属している人なのか確証が取れています。それゆえに、情報の信憑性が高いこと、建前なし、本音ベースのディスカッションができることが特徴です。基本はキャリアSNSですが、トピックスとしてはキャリアにとどまらず、ライフイベント、投資などのお金のテーマでも活用されています。

リリースから9ヶ月の2023年12月時点で、5,500人くらいの方にご登録いただいています。

直近では、「証明済み給与データベース」という機能も準備中です。ユーザーに給与明細、源泉徴収票を提出していただくことで、収入に関する保証付のデータを提供しています。

自分のデータを提出することで、データベースにアクセスできるようになります。つまり、ほかの人のデータを見たい人が自分のデータもご提供いただくのです。

株式会社WorkCircle 代表取締役 冨成 俊亮
10歳から単身留学を決意し渡英。大学卒業後に帰国し日系や外資の大手及びスタートアップ企業にて広告営業、ソフトウェアエンジニアとして経験を積み、プロダクトマネージャーとして活躍。転職やキャリアチェンジを通じて情報格差を実感し、全ての就業者に平等な情報を提供し、最善のキャリアを歩む手助けをしたいと願い、創業者のドリューと共に起業。現在はWorkCircleおよびOpenSalaryの運営に取り組む。ダラム大学(英)ビジネススクールMBA卒業。

日本は海外と比べてキャリア情報が少なすぎる

──WorkCircleのコンセプトなどは、ドリューさんのアイデアだとお聞きしました。どのような背景でWorkCircleが生まれたのでしょうか。

WorkCircleドリュー:私はアメリカでキャリアをスタートし、日本には、スタートアップのソフトウェアエンジニアとして来日しました。その時、自分の経験やこれからやろうとしていることに対して、給与などの条件が適正なのか全く分かりませんでした。

その後、リクルートのQuipperに移籍したときも、メルカリに移籍したときにも、同じ問題にぶつかりました。エンジニアの給与など、転職市場の情報がほとんどありませんでした。そのとき、キャリアや仕事に関して、人々がシェアできるようなサービスがあったらいいのではないかと思いついたのです。このような情報を欲しいと思っているのは、自分だけではないはずだ、と。

アメリカでの就職活動は、もっと情報がたくさんあります。給与やその会社の働き方がどんな状況かが見えるプラットフォームがあり、簡単に情報を得ることができました。しかし、日本では、同僚に聞いてみたり、その会社の人に直接聞いてみるしか方法がありません。

株式会社WorkCircle 創業者 テリー・フィリップ・ドリュー
サンフランシスコとシリコンバレーのテック業界で大半を過ごす。2015年にソフトウェアエンジニアとして日本企業で働くことを機に、仕事の場を日本へ移す。仕事と開発者コミュニティを通して日本のテックシーンに触れる機会が増えるなかで、アメリカと日本では年収と給与情報の透明性に大きな違いがあることに気づく。この気づきをきっかけに、均等な情報アクセスの機会を提供したいと思うようになり、OpenSalaryを立ち上げる。その後、キャリアに関する情報格差を無くすためWorkCircleを考案し起業に至る。南カリフォルニア大学(米)卒業。


冨成私自身は10歳から単身でイギリスに留学し、大学卒業までイギリスで過ごしました。新卒のタイミングで帰国し、楽天に営業として就職したのですが、日本企業で働くのは、イメージとかなりギャップがありました。

転職やキャリアチェンジをもっとポジティブにみんなが考えるようになったら、日本はもっとよくなるんじゃないかと思っていたときに、リクルートQuipper時代の同僚だったドリューのアイデアに共感したのです。

双方向でキャリア情報が常に更新される

UBV岩澤:アメリカではキャリアの口コミサイトでは、Glassdoorのようなビッグプレ―ヤーが存在している中で、どこに可能性を感じたのでしょうか?

ドリュー:確かにGlassdoorはすでに知名度があるのですが、個人的に好きになれないポイントがあります。ユーザーがGlassdoorに投稿するのは、一般的に、非常に特別な理由があるときです。多くの場合、非常にネガティブなことが多い。そして、情報が一方通行で、コンテクストが欠如しているのです。

今、従業員が求めているのは、透明性のある双方向のコミュニケーションではないでしょうか。誰かが何かを書きそれを読んで終わるのではなく、誰かが意見を書くとそこにコンテクストが生まれ、ほかの人がその人自身の意見をさらに投稿すると、その人自身のコンテクストも生まれます。そうすることで、一方通行の投稿ではありえなかったコミュニケーションが生まれるのです。

岩澤:私たちUB Venturesはこれまでワンキャリアに投資(2019年上場)した経験がありますが、ここは非常に興味深いポイントだと思いました。

UB Ventures 代表取締役 マネージング・パートナー 岩澤 脩
慶應義塾大学理工学研究科修了後、リーマン・ブラザーズ証券、バークレイズ・キャピタル証券株式調査部にて 企業・産業調査業務に従事。その後、野村総合研究所での、M&Aアドバイザリー、事業再生計画立案・実行支援業務を経て、2011年からユーザベースに参画。執行役員としてSPEEDAの事業開発を担当後、2013年から香港に拠点を移し、アジア事業の立ち上げに従事。アジア事業統括 執行役員を歴任後、日本に帰国。2018年2月にUB Venturesを設立し、代表取締役に就任。


「キャリア情報」というと、企業の現役社員やOB/OGが投稿する「口コミデータ」が存在しています。アメリカだとGlassdoorですし、日本でも、ワンキャリア、オープンワークが口コミデータを保有しています。

ただ、この口コミデータは日々アップデートされるものではありません。キャリア情報はどんどん更新されるのですが、口コミデータだけでは今この瞬間の最新情報にアクセスできない、という課題がありました。

WorkCircleのすごいところは、現役社員が匿名でリアルタイムでコミュニケーションしています。常に情報がアップデートされ、しかも、給与などの細かいデータまで入っていることです。

キャリア転換時にこそ真価を発揮

冨成こんな事例があります。昨年ソフトウェアの世界的な大手、VMwareが半導体大手ブロードコムに買収されました。それに伴って、レイオフなどが世界的に起き、当然、日本の従業員も不安に思うわけです。VMwareに所属している方が、今、どういうことが起きているかをWorkCircle内でリアルタイムに情報共有し、お互いに助け合っています。これこそ、情報の透明性だと思います。

岩澤:このエピソードからも分かるのは、Glassdoorもワンキャリアもオープンワークも、就職を考える「入口」の時に見る情報なのですが、WorkCircleの情報は、入ったあとの情報もあるわけです。例えば、ユーザベースやメルカリで、フェアな評価がされているのか、あるいは、レイオフ時にフェアな条件を提示されているのかなどを検証するためのプラットフォームが必要ではないかと思っています。

──同じ企業内の従業員同士だと、匿名だとしても誰が書き込んでいるかバレませんか?

冨成:毎回1つのスレッドごとにIDが付与されるので、誰かを特定するのは簡単ではない仕組みです。もちろん、言い回しなどで特定されることもあるので、そこは、WorkCircle特有のコミュニケーションが成り立っています。

2023年3月にはGoogle日本法人でもレイオフがありました。あの時、どこの部署がレイオフの対象になったか公表されなかったようです。誰が対象になっているのかわからないと、従業員同士も気まずい。そんな時に、一気にGoogleの方が300人くらいWorkCircleに入ってくださり、「自分の部署が影響を受けています」「私は対象です」と書きこみが増えました。

「誰か」は特定できなくても、どこの部署がどのくらいの規模で影響を受けているのか、みなさんが少しずつ情報を出し合う中で、従業員の方も初めて全体像が見えたのだと思います。

退職金が、人によってかなり差があることもわかりました。最初はこうだったけど、交渉したらこうなった、みたいな話も、誰かから情報をもらわないと怖くてできませんよね。知らないと会社の都合のままに扱われるかもしれない。WorkCircleはそういう意味で、会社側というよりは、ユーザー側、従業員側に頼られる存在でありたいと思っています。

岩澤:日本の究極の社会課題は賃金が低いことだと思っています。その賃金の低い理由は、従業員側の交渉力が落ちてしまったこともあると考えています。

WorkCircleが挑戦しているのは、元々は労働組合が担っていた領域の民主化とテクノロジーの融合という側面があると見ています。クローズドなサークルでのコミュニケーションによってフェアな条件、フェアな機会を会社から勝ち取ることもあるでしょうし、そこに満足できないのであればWorkCircleで新しいオポチュニティを見つける動きが出てくるのは必然でしょう。

グローバルで起きたことは必ず日本でも起こる

──ビジネスモデル上でUBVが投資を決めた理由はなんですか。

岩澤:WorkCircleのように給与などの自分の待遇を投稿するようなサービスは、日本のカルチャーでは無理だと言う人もいます。ワンキャリアに投資をしてきたからこそ分かるのですが、キャリア市場において、グローバルで起きた流れは必ず日本でも起きます。

ワンキャリアのスタート時も、新卒の学生が就活のインサイダー情報を書いて、これに対して企業がサポーティブになる世界観はあり得ないと言われていました。しかし、今では、ワンキャリアが新卒の就職市場におけるトッププラットフォームになっています。

社会人の匿名キャリアSNS市場では、グローバルではすでにFishbowl、blindといったサービスがスタンダードになっている中で、日本だけが取り残されているような状況です。必ずどこかのタイミングで、日本でもオセロが一気にひっくり返るように、カルチャーがガラっとかわる瞬間が来るに違いない。これが、WorkCircleに投資を決めた理由です。

──ドリューさんと冨成さんにとっては、UBVや岩澤さんはどのような存在ですか。

冨成:岩澤さんと初めてお話したのは、WorkCircleローンチ前でしたが、ほかのVCを含めて、いちばん早く、我々が目指している世界観を理解してくださいました。ワンキャリアへの投資経験があったこともありますが、岩澤さん自身が外資系金融機関にいらしたことがあり、レイオフの状況にも理解が深くていらしたので、いつかこの方とお仕事できるといいなと思っていました。

その前提で、いざ資金調達することになったときに、UBVグループにNewsPicksというメディアがあり、最適なパートナーだと思いました。NewsPicksは、WorkCircleのユーザーと属性が似ているうえに、コミュニティもあるので、コミュニティを立ち上げる大変さも理解してもらいやすく、成功するノウハウもたくさん持っていらっしゃるだろうと期待しています。

センシティブな話題についてコミュニケーションするサービスなので、健全なコミュニティ運営が非常に重要です。私たちはここに全身全霊で取り組んでいますし、海外で成功しているサービスが容易には日本で成功できない理由だとも思っています。

岩澤:タイミングが来たら投資させていただきたいと思って、お二人には明確に条件も伝えていました。条件とは、まずはプロダクトを完成させ、熱狂的なファーストユーザーがつくことです。その条件を確実にクリアし、想定通り進めてらっしゃると見ています。

人材エージェント業界の変革につながる

──今はまだマネタイズをされていませんが、今後のビジネスモデル、成長についてはどのようにお考えですか。

ドリュー:ファーストステップは、求人掲示板のようなリクルーティング領域でのマネタイズです。次に、ユーザーからのサブスク型ビジネスモデルを検討しています。

最終的には、企業に向けたコンサルティングのようなこともやりたいです。WorkCircleは従業員のリアルな声がとれる場所なので、人事の方に向けて、「こういうことが課題視されていますよ」などを伝え、改善案を出すようなHRテックよりのサービスを作っていきたいです。

岩澤:WorkCircleが持っているキャリア情報はとにかく解像度が高い。情報ギャップのあるなかで求職者と企業をマッチングさせ、高いフィーを抜くビジネスモデルで収入を得てきた人には脅威になるでしょう。

この情報ギャップはテクノロジーで埋められます。例えば、Amazonに行きたいと思った場合、自分のキャリアバックグラウンド、スキルセットだったらこのぐらいの年収だとデータで分かり、フェアな交渉ができます。Amazonの人事もどういう人かわかるので、エージェントを通す必要はないはず。エージェントに高いフィーを払う必要がなくなれば、従業員の給与を上げられます。WorkCircleの挑戦は人材エージェントのディスラプションにつながる可能性もあります。

冨成:今回の資金調達では、マネタイズの可能性を検証します。そして、検証できたら、次のラウンドでは大型調達でしっかり面を広げていきたいと思っています。

今は、戦略的に外資系テック企業からユーザーを増やしています。最初は楽天、DeNA、メルカリといったメガベンチャーから拡大しようとしていたのですが、メガベンチャーの方の関心が高かったのは、さらに年収の高い外資系テック企業でした。先ほどお話したように、外資系はレイオフがあって、WorkCircleとの親和性も高いです。とはいえ、日本を動かしているのは日本企業の皆さんなので、今後は、徐々に、SIer、金融、コンサルなどに裾野を広げたいと思っています。

正直なところ、会社ドメインのアドレスでご登録いただくのは、かなりハードルが高いです。でも、これがあってこそ、信頼性のあるプラットフォームなので、マーケティング予算を積んで急成長させるよりも、今は、ゆっくりと着実に広げていきたい。2024年中には10万人くらいの規模を目指したいと話しています。

岩澤:WorkCircleに期待しているのは、日本の賃金をグローバルのトップに上げていくこと。これしかありません。自分の財布事情について話さない、会社とは給与交渉しないことが美しい、といったカルチャーが日本の賃金を低く抑えている一因です。

この日本人のカルチャーを変えていくためには、10万人は本当に小さな一つの通過点。NewsPicksの会員数は900万人近いですが、それでも社会が変わった感じまではしないですよね。WorkCircleには、まずは、1000万くらいは目指し、社会を変革していって欲しいと思っています。


編集:久川 桃子 | UB Ventures エディトリアル・パートナー
撮影:小池 大介
2024.01.29