現場のデータ収集がレガシー産業変革のカギ。SoftRoidがソフトとハードの融合で挑む建設現場の2024年問題

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長時間労働の規制が厳しくなり、様々な業界で労働者不足が懸念されている2024年問題。その代表格が建設業界だ。「現場」のペインに徹底的に向き合い、ロボット事業からピボットして「AI現場監督」市場を開拓するSoftRoidに、UB Ventures(以下、UBV)が投資を実行した。課題が山積するレガシー産業の変革にスタートアップが取り組むカギはどこにあるのか、UBVマネージング・パートナーの頼嘉満とSoftRoid代表の野﨑大幹氏が語る。

IoTの記事が出会いのきっかけに

──お二人が初めて会ったとき、野﨑さんはUBVのことをご存じだったそうですね。

野﨑:スタートアップ関連のイベントで初めてご挨拶させていただいた時、頼さんの名刺にUBVという文字を見て、「UBVのサイトの記事を読みました」と伝えたんです。

頼:UBVでは、IoT領域のスタートアップに注目しています。私自身もIoTに関する記事を執筆しています。

【巨大市場】次なる国産ユニコーンは産業用IoT分野から出現するのか
https://ubv.vc/contents/trends/iot/

日本のエネルギー課題解決の鍵はエネルギーマネジメントシステムにあり
https://ubv.vc/contents/trends/ems-market/

野﨑:IoT領域のスタートアップに着目しているVCは珍しいので、印象に残っていました。記事では、日本ではほとんど知られていませんが、ロボット界隈ではそれなり知名度のある米国Gecko Roboticsにも言及していて、こんなところに注目しているVCがあるんだ、と。

頼:そのイベントで野﨑さんのプレゼンを聞いて、私が興味を持っている領域にチャレンジされている!と思って名刺交換に行ったら、そう言ってもらえて私も驚きました。

建設業界のようなレガシー産業の課題解決には、現場のデータをいかに取得するかが大事です。ソフトウェアだけではどうにもならず、現場のデータを取れるハードウェアがカギ。ソフトとハードの両方が備わっているチームは珍しいので、SoftRoidに注目したのです。

360度カメラとロボット技術であるSLAMとAIで建設現場全体を網羅的にデータ化

──ソフトとハードの両方を備えたSoftRoidは、どんな事業をされているのでしょうか。

野﨑:zenshotというプロダクトを開発していまして、建設現場で、360度カメラを持って歩くだけで、現場全体を網羅的にデータ化できます。

網羅的な記録ができると同時に、遠隔で現場を確認することもできます。現場監督の方の移動時間を削減できるため、生産効率を飛躍的に上げることが可能です。

背景には、いわゆる「2024年問題」があります。4月から時間外労働の上限の規制が厳しくなることで労働力不足が深刻になり、どの企業も生産性の向上が必至です。建設現場に目を向けると、現場監督が複数の現場を掛け持ちしています。一人の現場監督が、現場で進捗確認や品質検査をして、次の現場に行って…と、1日の3分の1が移動時間という状況で、この移動時間削減が課題です。

株式会社SoftRoid 代表取締役 野﨑 大幹
慶應義塾大学・大学院にて情報工学を専攻。IPA「未踏IT人材発掘・育成事業」採択。変形しながら不整地を移動するソフトロボットを研究・開発し、IEEE IROS等ロボット分野のトップ国際会議で複数採択・発表。卒業後、Arthur D. Little Japanにて、製造業に対する新規事業戦略/中長期戦略の策定支援を行う。2020年7月に株式会社SoftRoidを創業。建設会社にて数ヶ月間の現場監督見習いを行い、AIとハードウェア技術により現場の課題を解決するサービスの着想を得る。


頼:クラウドにアップロードされた360度動画像をもとに、AI/画像処理技術でも使われる画像処理/AI技術で撮影ルートを分析し、図面と整合するSLAMという技術は創業メンバーがロボットエンジニアだからこそできる技術であり、簡単には模倣できません。

もう一つ重要なことは、現場の職人さんが簡単に作業できることです。カメラを持って歩くだけで、撮影位置、時間を取得でき、自動でマッピングされます。もしこれが面倒な作業では、現場の職人さんに実際に使ってもらうことが難しく、なかなか定着しません。そこを簡単にしているのがSoftRoidの強みです。

これは、野﨑さんたちが実際に建設現場に通ったから、現場のペインをよく理解できているのだと思います。

建設現場に3カ月間通って見つけた本当のペイン

野﨑:私たちはもともとロボットを使って建設現場の課題を解決したいと思っていました。実際の現場を知らないといけないと思い、地元のゼネコンさんにお願いして3カ月ほど現場監督見習いとして朝から夜まで現場で働かせてもらいました。

入社2年目くらいの若手の現場監督さんと一緒に動いていたのですが、その監督さんがめちゃくちゃ忙しい。忙しすぎて、やめることをやめました、というくらいの状態でした。同じことを30年、40年続けていくのは辛いし、心が折れそうです。ここを何とかロボットやデータやAIを使って、変わっていく未来を見せてやりたい、と上の方たちも思っていたんです。私が持っていた思いと一緒で、歓迎していただけました。

当時はまだロボットの原型くらいしかなかったのですが、建設現場に通う中で、ロボットビジネスの現実性をずっと考えていました。ロボット事業でうまくいってるのは、ファナックに代表されるように、限られた空間で同じ動作を何回も繰り返すような産業ロボットです。あとは、AIBOのようなトイロボット。

でも建設現場で、人を代替するロボットを実現するのはすごく難しい。ロボットと比較すると人はなんでもできてしまう。人を上回るパフォーマンス、コストパフォーマンスを閉空間ではなく開空間で実現しようとすると、肉体労働的なものよりも、データを取ることだという解にたどり着いたのです。

ロボットで事業をしたくて起業したので、すごく大きな決断ではありましたが、ロボット技術であるSLAMを軸に人+ハードウェア+AIにピボットしました。

ロボットを作りたいという思いは今もあります。でも、現場を見ないと、自分たちが作りたいものを勝手に作っても、スタートアップとしても事業としてもダメ。作る前に売ろうという動き方が大事だと全員が感じていました。

頼:野﨑さんだけでなく、共同創業者の2人も、ほかのメンバーも全員現場監督を経験しています。PCの前だけで考えて終わらず、実際に現場まで行って、泥臭く現場の声を拾っていく姿勢が素晴らしいと思っています。

実現したいのは産業の変革

──お二人の出会いについてはお聞きしましたが、投資を経て、今はどのような関係を築いているのですか。

頼:私にとってスタートアップへの投資は、単にIPOを目指すことではありません。中長期で支援していくためにも、起業家チームの思いや、どんな世界を目指したいのかが大事です。

最初に野﨑さんと話したときに、確かに資料はきれいにまとまっていたのですが、投資家向けにとりあえず綺麗なストーリーを作っているような違和感がありました。この会社は何の会社で、何のために起業したんですか?という議論を1カ月くらいさせてもらいました。ソリューションはあくまでもツールでしかない。本当は何をやりたいんですか。見たい世界はなんですか?と。

UB Ventures マネージング・パートナー 頼嘉満
国際基督教大学卒業後、日欧にてDXや業務改革プロジェクトに従事。その後、米系戦略コンサルティングファーム モニター・グループでの経営戦略立案やアジア進出プロジェクト責任者を経て、DCM Venturesに入社。ベンチャーキャピタリストとしてfreee、Coubic等への投資実行を担当。2014年に中国スタートアップHappy Elementsに参画し、CSOを経て、取締役兼日本代表として日中におけるコンテンツ、xR事業の展開を統括。IEビジネススクールMBA修了。


野﨑:当時、確かにプレシリーズAに向けて動いていたこともあり、投資家に迎合するようなところがあったのかもしれません。2度目の起業ということもあって、メンバーでしっかり話し合っていたことを思い出しました。スモールビジネスで終わらせたくない、小さな受託をずっとやるのではなく、きちんとプロダクトを作って世の中の産業構造の変化にコミットしたいという思いで起業したんだ、と再認識できました。

頼:目線がそろったところで、実際の投資に向けて動きだしました。

野﨑:今回は、事業経験のある投資家の方にハンズオンで入ってもらいたいという希望が当初からありました。事業経験のある頼さんは、その条件にもピッタリでした。頼さんとはメンバーを含めた週1の定例と、それ以外にも直近の話から中長期的な話まで、いろんなアジェンダを相談させてもらっています。見ている世界が同じだと共有できたうえで議論できるのは貴重な存在です。

僕もコンサル経験があるので、当事者ではない立場でのアドバイスの難しさがわかります。ともすると、覚悟や責任に欠けたアドバイスになってしまい兼ねない。でも、頼さんの言葉はこれまでのご経歴や知見があったうえのものだろうなと感じます。

僕らは若手メンバーしかいなかったので、どうどうめぐりの議論になってしまうこともある中、一つ石を置いてもらえる。信頼できるシニアなメンバーが入ってもらえた安心感もあります。

頼:通常業務の中でメンバーの一員として関わらせてもらうこともあれば、経営メンバーの一員でもある感じですね。

UBVのスタイルを押し付けるつもりは全然ないですし、これからSoftRoidにシニアなメンバーがどんどん入って組織として強くなってきたら、短期的な業務パフォーマンスよりも長期的な戦略議論が増えるでしょう。投資先の成長ステージにあわせて自分の役割を変えていくことを心がけています。

日本には現場のデータが少なすぎる

──SoftRoidの今後の展望、UBVからの期待を教えてください。

野﨑:建設現場を支援していくのが、まずは重要だと考えています。データを取得していくことで、新しい施工のあり方、管理体制の作り方のようなことを提案できるような取り組みを将来的には始めてみたいと思っています。

そうなっていけば、現場の作業がちょっと楽になるところから、一気に引き上げられるようになるのでは、と。これまでの改善の延長線上のスピードでは間に合わないような変化が起きようとしているので、2024年問題と言われている今こそ現場の意識改革にはいいタイミングなのかもしれません。ある意味で、新しい世界を描けるチャンスです。

頼:人口減少は日本にとっての喫緊の課題です。人口減少の中でスタートアップはどんなソリューションを作っていくべきか。日本は労働供給の制約に直面しているので、少ない人手で高い成果を上げていくことが基本的にどの業界でも求められています。

最も象徴的なのがレガシー産業。その中でも物理的な現場作業が必要な建設業界、小売り、介護は、今すでに人手が足りていません。移民政策でもなければ、このまま永遠に人手不足が続くので、省人化、無人化がカギになります。

無人化を何で実現するのかを考えると、現場のデータをいかに収集し、そのデータからAIを駆使して、+0.5人を作る、つまり労働人口を増やしていくしかありません。これからの日本で30年、40年、50年先を見ると、本当に物理的な人間ではなく、AIを駆使した形でのバーチャル労働者を増やしていくことが求められるでしょう。

今の日本はまだ第1フェーズ。AIを使うためにも、現場のデータが少なすぎます。今のSoftRoidは、建設現場からスタートしていますが、彼らの技術力であれば、そこでのノウハウが他の業界へも移転できると思っています。

レガシー産業の中でフィジカルオペレーションのデータを持って、新たな産業の標準を作るポテンシャルを秘めている会社としての未来を、SoftRoidには切り拓いていってほしいと思っています。


編集:久川 桃子 | UB Ventures エディトリアル・パートナー
撮影:小池 大介
2024.03.13