日本のエネルギー課題解決の鍵はエネルギーマネジメントシステムにあり

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近年、世界では地球温暖化による気候変動や環境汚染が一層進行しており、省エネルギー対策やエネルギーマネジメントに対する注目が益々高まっています。特に直近の日本においては、猛暑などの異常気象により、電力の需給状況がひっ迫し、極めて厳しい状況にあります。

これまで理想的なエネルギーマネジメントにあたっては再生可能エネルギーに焦点が当てられがちでしたが、再生可能エネルギーへのシフトには何十年単位と非常に長い年月を要します。そこで重要になるのが、いかに現状の資源で環境負荷を低減しながら効率よくエネルギー運用ができるかという点です。その解決策として大きな期待を寄せられるのがエネルギーマネジメントシステムなのです。

本記事では、日本のエネルギーマネジメントにおける課題やスタートアップ含めた海外市場の動向についてお伝えします。

資源輸入大国である日本にとって安定的・効率的なエネルギー運用にはEMSが必須

EMS(Energy Management System)とは工場やビルなどの施設におけるエネルギーの消費状況を把握するためのシステムの総称です。そのメリットは、リアルタイムでのエネルギーの「見える化」⇒「分析」⇒「最適化」を自動で可能にし、より効率的なエネルギーの消費・運用が実現できる点にあります。

市場規模については、グローバルで約360億ドル(2020年)、2030年には約1,600億ドルまでに成長すると見られております(出所:Allied Market Research)。また日本についても2019年で1.2兆円弱、2030年には1.7兆円規模に成長する見込みであり(出所:富士経済Gr.)、国内外ともに非常に成長性の高い市場であることが分かります。

EMSには複数の種類が存在しますが、本記事では以下主要な3つのEMSについて言及します。

今日の日本のエネルギーマネジメント市場におけるペインポイントは大きく以下2つが挙げられます。

①資源を他国に大きく依存する日本はエネルギーコスト上昇の影響を直に受ける

日本は他国から輸入する資源(化石燃料)への依存度が非常に高いです。例えば2019年度における電源構成のうち、主要な化石燃料(LNG、石炭、石油)だけで、全体の約75%を占めていますが、このほとんどを中東などの他国からの輸入に依存しています。

原油や天然ガスの価格は国際的な政治や経済要因によって乱高下する傾向が強く、日本はその価格変動の影響をまともに受ける立場です。現に原油価格の高騰などの影響を受けて、2010年対比で2019年の電気料金は家庭向けで22%、産業向けで25%値上がりしました(出所:資源エネルギー庁)。

更に直近ではロシアによるウクライナ侵攻の影響でLNG価格が高騰し、電気料金が上昇しています。電力5社は5月に家庭向け電気料金を引き上げ、東京電力ホールディングスは1年前より2割超高くなる予想で、企業収益や家計への負担がさらに重くなる見通しです。

国際的な原油価格高騰による電気料金の上昇は国民生活や企業活動に直接与える影響が大きく、今後の安定的かつ持続的な国民生活や企業活動の実現には益々効率的なエネルギー運用が必要とされます。

②特に家庭と業務部門における省エネ化が発展途上

日本のエネルギー市場においては、1970年代の高度経済成長期以降、二度の石油危機や東日本大震災などを通じて省エネ意識が高まりました。それに伴い、特に産業(製造業)部門を中心にエネルギー消費の効率化が一定程度進みました。

一方で、その他の分野(家庭/業務/運輸部門)のエネルギー消費量については増加傾向にあり、省エネ化は道半ばの状況です。

特に業務(事務所/ビル/デパート/ホテルなど)および家庭部門のエネルギー消費量がそれぞれ2.1倍と1.9倍(1973年⇒2018年度の変化)と大きく増加しています(出所:「エネルギー白書2020」)。今後、更なる省エネ化を推進するためには、産業部門(FEMS)のみならず家庭部門(HEMS)と業務部門(BEMS)におけるエネルギーの効率化が非常に重要になると考えます。

欧米を中心に立ち上がるEMSスタートアップ勢。日本市場における勃興も時間の問題か

海外では欧米を中心にまだユニコーンこそ誕生していないものの、EMS関連のスタートアップが多数存在しています。資金調達やM&Aの動きも多く見られるため、日本に先行して産業として立ち上がりつつあるといえます。

例えば米国Blocpower(累計調達金額100百万ドル以上)は空調に特化し、学校や住居用ビルなどのエネルギー性能を管理・分析するソフトウェアを開発しています。日本の空調メーカーであるダイキンともパートナーシップを結んでおり、BEMSをビルオーナーや電力会社に提供しています。

またドイツのTado(推定時価総額500百万ドル以上)も家庭用の冷暖房機能を効率化するHEMSを開発しており、Amazonを含む複数の投資家よりこれまで150百万ドル以上の資金調達を実施しています。

なぜ先行して欧米でスタートアップが勃興したのか。その大きな要因の一つが政府による政策です。

米国や欧州では過去のエネルギー規制の抜本的な見直しにより、国内の大手企業を中心に先進的なエネルギー管理システムへの投資が年々増加しました(ex.ドイツ重電大手のシーメンスは2015年に3年間でEMSに累計1億ユーロの投資を公表)。

また米国では直近、バイデン政権が気候変動対策として今後10年で約63兆円もの資金を投じる方針の法案を掲げ、「グリーン経済*」関連産業を米国がけん引する路線です。

加えて欧州でも「欧州グリーンディール計画」として、2019年末から10年間で少なくとも約120兆円を投資して同様のゴールを追求することを表明しており、「グリーン経済のリーダーとして気候変動の解決を通じて経済成長する」という路線は、世界的に見ても大きな潮流なっています。

では日本市場はどうでしょうか。今後は特にHEMSとBEMSを中心に産業化が進む可能性が高いと見ています。この予想の背景には、いずれも欧米に見られたような国による政策が背景にあります。

前提として、日本政府は2030年までにCO2排出量を46%削減(2013年対比)するという目標を掲げています。その更に先の2050年には、温室効果ガスを実質ゼロにするというカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。

この一環として、HEMSにおいては、国土交通省が2030年までにHEMSを全世帯(約5,000万世帯)に普及させるという目標を、加えて、BEMSについては2030年までに新築ビルにおけるZEB*化の実現が提言されています。

このように日本においても政府主導でエネルギーマネジメントを促進する政策や方針が掲げられ実行に向けた具体的な動きがある状況で、欧米のEMS普及と同様に条件は日本でも徐々に整いつつあるといえます。

スタートアップの提供価値は、EMS導入におけるボトルネックの解消にあり

EMSについてはその効果やメリットも大きく期待できる一方で、導入にあたっては以下のようないくつかのハードルが想定されます。

今後日本で立ち上がるスタートアップが提供し得る価値としては、特に上記の専門性と仕様面にあると考えられます。日本では特にハードウェアについては大手メーカーの開発力が今後一定期待できるものの、ソフトウェアにおいては大手であるが故にイノベーションのジレンマに陥り安く、スタートアップに分があるといえます。

具体的に仕様面においては、家庭、ビル、工場問わず、いかなる場面でもソフトとハードを複雑な設定や作業なしにシームレスに連携できる柔軟性。専門性については、UI/UXやデザイン性の観点で専門的な知識がなくてもユーザーが持続的に運用できる機能やユーザージャーニーの設計が挙げられます。

大手ではどうしても自社製品基準での開発に捉われてしまい、UI/UX、デザイン性、ハードとソフトの連携面においてユーザーにとっての利便性を追及しきれない傾向が強いといえます。一方で、スタートアップであれば徹底的にユーザー目線に立った柔軟な開発が期待でき、イノベーションを創出するそのポテンシャルを大いに発揮し得る領域であると考えます。

EMS市場において海外では既に多数のスタートアップが台頭し、産業として立ち上がりつつあります。UB Venturesは今後日本においても、EMSが普及する可能性が非常に高いと想定しており、地球温暖化や環境汚染といったグローバルで普遍的な課題解決に向き合うスタートアップに注目していきたいと考えています。

グリーン経済:環境問題に伴うリスクと生態系の損失を軽減しながら、人間の生活の質を改善し社会の不平等を解消するための経済概念
ZEB(zero energy building):省エネや再生可能エネルギーの利用により、建物のエネルギー消費量を削減し、限りなくゼロにするという考え方


執筆:岩下 真也 | UB Ventures Senior Associate
2022.07.25