なぜスタートアップ×地域金融機関が求められているのか

TRENDS

人口減少最前線の地から、日本の未来が生まれる――。

深刻化する人口減少の波が、まず地域を襲っている。しかし、この危機が新たなイノベーションの源泉となる可能性が浮上している。地域経済の要である地域金融機関と、テクノロジーの力を持つスタートアップの異色の組み合わせが、その鍵を握る。

UB Venturesが全国9つの地域金融機関と立ち上げた「地域課題解決DXコンソーシアム」。この取り組みを機に、UB Ventures代表取締役 マネージング・パートナー岩澤と人口減少問題に精通するリクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏が対談を行った。

このセッションでは、各地で顕在化する人手不足の実態や、テクノロジーを活用した地域課題解決の可能性、そして金融とテクノロジーを結ぶ新たな人材の重要性を語る。日本特有の課題に正面から取り組むことで、世界に通用する新産業が生まれる可能性にも触れられた。

タクシー待ち3時間!? 地域で顕在化する人口減少

日本は現在、深刻な人口減少と高齢化の波に直面し、特に地域における労働力不足が顕著となっている。リクルートワークス研究所の予測によれば、2030年には340万人、2040年には2100万人規模の人手不足に陥る可能性が指摘されている。この状況は一時的な現象ではなく、構造的な問題だ。特に注目すべきは、85歳以上の高齢者人口の急増であり、これに伴い医療や介護などのサービス需要が高まる一方で、労働力の供給が追いつかないという深刻なギャップが生じている。このような背景のもと、各地域では様々な形で人手不足の影響が顕在化し、日常生活や経済活動に支障をきたす事例が増加している。

──この1年で見えてきた地域課題の具体的な景色について教えてください。

岩澤氏:この1年間、各地域を回らせていただいて、かなり衝撃的な経験をしました。例えば、とある空港のレストランに入った時に、ウェイターの方に「注文を受けてからご飯が出るまで1時間です」と言われたんです。実際、料理人が集まらないという状況が恒常化しているようでした。

また、タクシーの問題もあります。地域では主要ターミナル駅の前にタクシーがなかなかいない。あるホテルのエレベーターには「当日タクシーをオーダーいただいた場合、待ち時間3時間です」という注意事項が貼ってありました。こういう現実がもう既に地域にあるのです。

古屋氏:私も凄まじいお話をたくさん聞きました。例えば、ある物流会社さんと話した時のことです。東海地方のある営業所で、68歳の方が配達員として非正規的な形態で働いているそうです。その方々の契約が切れるので辞めたいという意向が出てきたのですが、辞められたら本当にもう無理だと。68歳の方が辞めたら、もうその地域の配達はできないかもしれない。これには、いかに日本がギリギリのラインになってきているのかということを感じさせられました。

加えて、最近私が感じるのが「我慢」です。中小企業の経営者の皆様、我慢強い。東北地方のある旅館の経営者の方とお話しした時に、「人は全然足りてますよ」とおっしゃってたんです。でも、実際にお仕事を拝見させていただくと、その社長さんが自身で朝晩の配膳を全部やっていて、すごく疲れていました。率直に言って、全然人が足りてないですよね。でも、採用しても採用できないから、もう自分がやった方が早いという発想になっている。これって持続可能な状態ではないんです。

課題先進国としての日本が世界にチャレンジできるスタートアップを生む

日本のスタートアップ環境は近年急速に変化しており、政府の支援策も相まって、ベンチャーキャピタルの投資資金(ドライパウダー)が6000億円に達するなど、資金調達環境は大きく改善している。しかし、この資金の多くは、米国や欧州の成功モデルを模倣したビジネスや、グローバルなプラットフォームの上に構築されたアプリケーション層のビジネスに集中する傾向がある。一方で、日本固有の課題、特に人口減少や地域の衰退といった問題に取り組むスタートアップへの注目は相対的に低かった。このような状況下で、地域の課題解決とスタートアップの革新的アプローチを組み合わせる新たな動きが注目を集めている。

─なぜ地域課題解決とスタートアップの組み合わせが重要なのでしょうか?

古屋氏:これは、あったようでなかった組み合わせだと思います。テック産業ではアメリカや中国に日本は絶対勝てません。資本の集積が違う。ですけど、日本がもし勝ち得るとしたら、それは省力化産業なわけです。そして、省力化産業には、現場とテクノロジーという2つの要素が必要です。

この2つを掛け合わせられるのが、まさにこの場(地域課題解決DXコンソーシアム)ではないかと思っています。現場の困りごと、現場の課題感、そういった話が地域の金融機関である地銀さんにはたくさん持ち込まれている。これは実は今の日本のスタートアップに欠けたパーツだったわけです。

岩澤氏:今、スタートアップの資金調達環境、流れてきてるお金は、国の施策もあってかなり増えてきています。ただ、この7年ぐらいスタートアップ投資をする中で、すごく違和感もありました。ユニコーンと言いつつ、どこかやっぱりアメリカ、ヨーロッパのビジネスモデルをタイムマシン的に日本に持ってくる物が多い。SaaSの時も今のAIも、アメリカにフィーをずっと払い続けるビジネスモデルの中で、上のアプリケーション層だけで勝負するというのが規定路線になっているんです。

それでは、日本から世界で勝てるような産業は生まれにくい。やはり、世界中で日本しか見えてない課題にディープダイブすることが、世界にチャレンジする近道なんじゃないか。その意味で、スタートアップ x 地域課題、特に人口減少というところに注目した意義があると思っています。

地域金融機関の情報とスタートアップの技術をつなぐ架け橋人材

日本の地域経済は長年にわたり、地域金融機関が重要な役割を果たしてきた。しかし、人口減少や産業構造の変化に伴い、地域経済の活性化には新たなアプローチが必要とされている。一方で、スタートアップエコシステムは主に都市部を中心に発展してきたが、その革新的な技術やビジネスモデルは地域の課題解決にも大きな可能性を秘めている。この状況下で、地域金融機関とスタートアップの共創が注目を集めているが、その成功には従来の地域主義や業界の壁を越えた新たな連携と人材育成が不可欠だ。特に、地域の現場を深く理解し、最新のテクノロジーを効果的に導入できる「架け橋」となる人材の重要性が高まっている。

─地域金融機関とスタートアップの共創を成功させるためには、どうすればいいでしょうか?

岩澤氏:地域課題解決DXコンソーシアムにご参加いただいた9行の皆様に共通していたのは、「越境」という点だと感じました。地域経済や産業を大切にするのは当然ですが、今回50以上の地域を訪問させていただく中で、地域に対する考え方が二極化している印象を受けました。地域を大事にすればするほど、逆に地域に閉じこもってしまうような地域もあるんです。

そうなると、スタートアップのエコシステムとの繋がりが限定的になり、新しい経験を積む機会も少なくなってしまいます。9行の皆さんは、そういった枠を超えて、地域を問わず広がっていこうとしています。

古屋氏:私が最近注目しているのは省力化産業です。現場にDXや新しい技術を導入する際、単に外部から持ち込むだけではうまくいきません。これがうまくいっているケースでは、ある種の人材が関わっているのです。

成功パターンは主に2つあります。1つ目は、現場を知っている人が新しいスキルを学び直して技術を導入するケース。2つ目は、外部の人が徹底的に現場に入り込んで導入するケースです。私はこういった人材を「エッセンシャルホワイトカラー」と呼んでいます。現場の非効率や生産性の問題、さまざまな困りごとを、技術の力を使って解決していく技術職や企画職のことです。

地域の金融機関が現場の課題を聞いたり見たりして把握し、一方でどんな技術が使えるのかという情報も持っている。こういった両方の情報を理解できる人材が、今後生まれてくるんじゃないでしょうか。これが最大のポイントだと思います。

イノベーションは辺境から起こる

─最後に、このコンソーシアムに対するメッセージをお願いします。

古屋氏:先ほどの講演で「必要は発明の母」と申し上げましたが、もう一つ、人類普遍の原理として、イノベーションは辺境から起こるということがあります。中央からイノベーションは起こらないんですよね。社会改良は必ず辺境から起こる、それだけは覚えておいてください。

岩澤氏: 先ほど渋沢栄一の話もありましたが、実は今日参加いただいている9行の皆様は、ある意味、明治維新前後にゆかりのある地域の皆様が多いんです。これは本当に偶然なんですが、そういう「変えていく」カルチャーをもともとDNAに持っている地域金融機関の皆さんが集まっています。スタートアップの皆様、その金融機関の皆様の力を借りて、地域に展開していく。こういう取り組みをこの場からスタートできればと思っております。


取材・記事執筆:斎藤健二
編集:UB Venturesチーフアナリスト 早船 明夫
2024.09.17