海外スタートアップ続々参入。日本勢が出遅れる運転・保守市場の実情

TRENDS

近年、プラントなど生産設備の運転・保守=O&M(Operation & Maintenace)領域に対する注目が高まっています。背景として設備の老朽化による事故や操業トラブルの発生、少子高齢化に伴う人材不足などが挙げられます。

本コンテンツでは自身の原体験も含め、プラントエンジニアリング業界から見たO&M領域における課題の深さやスタートアップ含めた今後の展望をお伝えします。

O&M領域は持続的な成長が期待できる一方で課題が山積み

プラントとは一般的に高度技術が求められる生産設備を意味し、エンドマーケットは、石油業界、発電業界、廃水・廃棄物業界、水道業界、製造業、工業の6つに大別されます。
各生産設備によって、求められる設計や生産能力などの仕様は多岐にわたります。一般的にイメージしやすい石油精製や石油化学プラントなど、石油業界におけるプラント設備工事の需要が最も大きな割合を占めています。

プラントエンジニアリング関連事業を請け負う企業は大小様々ありますが、主として石油プラントなどの特定のエンドマーケットのみに対してサービスを提供する専門のエンジニアリング会社と、複数のエンドマーケットから事業を請け負う総合エンジニアリング会社が存在します。日本のプラントエンジニアリング会社で有名な企業では、日揮、千代田化工建設、東洋エンジニアリングなどが挙げられます。

プラントエンジニアリングのバリューチェーンは下図の通り、一般的に生産設備の事業計画 ⇒ EPC ⇒ O&M(Operation &Maintenance)の3つに大別できます。

ここからは以下の理由をもとにO&Mに着目して考察します。

①各バリューチェーンのなかでも特に持続的な成長が期待できる
②ライフサイクルが長く、LTVが大きい
③抱える課題が複数にわたり、ペインが深い

①各バリューチェーンのなかでも特に持続的な成長が期待できる
ここ数年のグローバルプラント業界におけるO&M領域は、業界全体の成長率よりも高い水準で成長しています(2015-19年CAGR:業界全体⇒約11%、O&M⇒約27%。出所:Engineering News-Record)。これは各企業の保守部門における定期的収入の増加が背景にあると考えられます。
プラントEPC案件の特性として、非常に複雑性の高いプロジェクトマネジメントが必要です。そのため工期遅延などによる損失リスクが大きくなります。こういったことを背景に、数年前から業界各社がEPC案件ほどリスクは高くなく、安定的な収益が期待できるO&M領域に本格的に進出し、力を入れ始めている傾向があります。

②ライフサイクルが長く、期待できるLTVも大きい
事業計画(1-2年)やEPC(3-4年)フェーズに比べて、O&Mのライフサイクルは30-50年と圧倒的に長いです。これはLTVの観点において、他のバリューチェーンよりも収益化可能な期間が長いことを意味します。
2021年の日本の製造業向けプラントのO&Mだけでも約1兆円(出所:矢野経済研究所)、グローバルでは約130億ドル(出所:360iResearch)もの市場規模があると言われています。

③抱える課題が複数にわたり、ペインが深い
O&M領域における課題は大きく下図の5つに大別できます。

プラントのメンテナンス実態調査(出所:公益社団法人日本プラントメンテナンス協会)によると、下図の通り各企業が認識する設備管理上の課題として、上述の①、②、③に関連するものが全体のおおよそ半分を占める結果になっています。特に安全性、生産性、人材不足/技術継承が設備管理上においてペインが大きく、解決すべき喫緊の課題であるかを物語っています。

私自身、数年間プラントエンジニアリング業界に身を置き、故障の防止や生産性向上・効率化などにおける課題を肌で実感してきました。製造ラインの正常稼働を確保するための各機器の点検、動作確認などの保守は、欠かせない業務です。一方でこれらに対する打ち手は依然としてアナログな方法での対策が多い状況です。

自身が感じたアナログな事例を一つご紹介します。事前に機器や設備の故障を防ぐため、フィールドエンジニアと呼ばれる作業員が現場に直接足を運び、一つ一つの機器や計器を確認している状況が多々あります。何か不具合を見つけるとその内容を機器の製造元であるベンダーに報告し、更にベンダーがその内容を分析します。最後に分析結果に基づき再びフィールドエンジニアが現場に赴き、正常に稼働するまでトライアンドエラーを繰り返す、非常に手間のかかるプロセスです。

このように人材不足が叫ばれる中、DX化が進まず、依然として人の手によって課題解決を行う場面が多々あるO&M領域は、課題山積み状態なのです。

スタートアップの台頭により、産業として立ち上がりつつある海外O&M市場

前述したO&M市場における課題は国内だけでなく海外でも共通しています。これらを抜本的に解決するようなプロダクトやスタートアップは、日本ではまだ少ない状況です。その一方で、海外では複数のスタートアップが台頭しており、徐々に産業として立ち上がりつつあります。

その代表的な事例が、2016年にノルウェーで設立されたスタートアップ、Cogniteです。製造業や石油/ガスなどの重工業向けに、産業向けIoTなどのデータ統合・管理・分析を一気通貫で行うことのできるDataOps系のSaaSを提供しています。
直近では、21年5月にTCVからの1億5000万ドル、22年2月には国営石油会社サウジアラムコから1億1300万ドルの調達を実施しています。国内では日揮や千代田化工建設、旭化成などもCogniteのプロダクトを導入しています。

他にも、製造現場の工程管理を最適化するMES(製造実行システム)をクラウドベースで提供する中国の黒湖智造(Black Lake Technologies)や、インフラなどの産業構造物の欠陥を早期に発見し、事故を予防するプロダクトを提供する米国のGecko Roboticsなどのスタートアップも昨年から今年にかけて資金調達を実施し、台頭しています。

日本の持続的なインフラや産業競争力向上にはO&M領域の課題解決が鍵

これまで述べてきたように日本における生産設備のO&M領域における課題は根深く、現状としては大きな打ち手がない状況です。自身のプラントエンジニアリング業界での原体験を通じて、当該領域におけるペインは非常に深いと痛感しています。

少子高齢化に伴うO&M要員の人材不足や既存設備の老朽化に伴う事故、予期せぬダウンタイムの発生といった課題の解決は急務です。既に顕在化しているこれらの課題を放置したままにすることは、日本のインフラや産業競争力向上の足枷になるでしょう。

海外では既に複数のスタートアップが台頭し、産業として立ち上がりつつあります。何十年と存在し続ける生産設備のO&Mにおける課題は半永久的で、日本でも産業として立ち上がるのは必然でしょう。

かつてプラントエンジニアリング業界で感じたペイン・課題に対して、今後どのような解が導き出せるか、VCという新たな立場から国内外の市場動向やスタートアップをリサーチしていきます。業界が抱える様々なペインに向き合う起業家の方々と伴走し、数ある社会課題の解決や次世代産業の創出に邁進していきます。

■ 執筆者のプロフィール

岩下 真也(Iwashita Shinya)

大学を卒業後、プラントエンジニアリング会社の日揮に入社。各協力会社への機器や工事を発注するバイヤーおよびプロジェクト全体の予算管理を担うコスト・エンジニアとして、国内外における複数のプラント案件に従事。その後、野村證券の投資銀行部門に入社。日系の製造業セクターを中心とした顧客のM&Aや資金調達のソーシングやエグゼキューションに従事。加えて米国および欧州のスタートアップのM&Aや資金調達のソーシングにも従事。2021年11月にUB Venturesに参画。


執筆:岩下 真也 | UB Ventures Senior Associate
2022.04.04