【セーフィー】ハードウェア×SaaSビジネスの勝機とは

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人手不足が深刻になる中で、様々な産業の現場業務を如何に支えられるかが、大きな課題となっている。

そして、ソリューションの一つとして、ハードウェアとSaaSの掛け合わせたビジネスに、大きな可能性を秘めている。

その最前線で活躍するセーフィー株式会社は、クラウドカメラによるリアルタイム映像データの活用という新たな価値によって、顧客のニーズに応えることで市場をリードしてきた。

2024年6月にUB Venturesが開催した起業志望者のためのイベント「VENTURISE(ベンチャライズ)」は、セーフィー株式会社代表取締役社長CEO佐渡島氏をお招きし、「ハードウェア×SaaSビジネス」をテーマに、ここでしか聞けないスタートアップ起業・経営の”リアル”に触れられる機会となった。

本記事では、クローズドなディスカッションの中から、外部公開の許諾が得られた内容に限定し、コンテンツ化していく。

データとお客様のニーズをつかみ、やりきれた人が次の世界を取る

─まず、起業の経緯について伺います。自宅に防犯カメラを設置しようと思ったのがセーフィー創業のきっかけだと伺いました。大企業に在籍している中で起業しようと思ったのはどうしてでしょうか。

佐渡島氏:当時在籍していたソニーネットワークコミュニケーションズは自由な社風で、そこから生まれた子会社のベンチャー企業もたくさんあります。私は希望して、機械学習を研究している会社に行き、今で言う顔認証、映像ビジネスを探索していました。

いろいろなアプリを作り、世界で約5000万ダウンロードといった実績もできたのですが、マネタイズの難しさも感じていました。

そんなときに、自分の家に防犯カメラを付けて、データを活用して学習させ賢くしていったら、欲しい人は多そうだなというアイデアが浮かんできたのです。社内で、その事業アイデアをぶつけてみたところ、「面白いね」と言われ、社内新規事業として話が進みました。

ただ話を詰めていくうちに、このままだと膨大な時間がかかってしまうと感じ、社長に「会社を辞めてこの事業を行うので、出資いただきたいです」とストレートに伝えました。そして本当に5000万円を出資してもらって起業したという経緯です。

──2014年当時は今ほどスタートアップ市場にお金が流れていなかったですし、起業する人の数も少なく、近親者の反対に遭うケースもよくあったと思いますが、リスクについてはどのように考えられていたのでしょうか。

佐渡島氏:会社を辞めて起業したのは、フルで住宅ローンを借りて家を建て、ちょうど2人目の子どもが生まれた直後のタイミングでした。また、ソニーからは出資すると言ってもらったものの、まだプロダクトもなく、事業計画も紙4枚くらいしかなかった。僕はそこから必死にプロトタイプを作り、数ヶ月後に改めて出資してもらいました。

ただ、「会社だ」と思って悠長にやっていたら負けると思いました。ソニーが本気を出せば、僕らなんて相手になりませんから。

だから、これは3人で始めた「プロジェクト」で、「5000万使い切ってどこまでいけるのかやってみよう」という気持ちでスタートした形です。そんな感じなので、一般的な起業とは違うかもしれませんね。

─ハードウェアは日本の強みでありながら、チャレンジングな領域でもあります。そこに飛び込もうと考えた経緯を教えてください。

佐渡島氏:ソニーという、世界でも有数のハードウェア企業にいて感じていたのは、「自分たちが作りたい世界」をはっきり描いておかないと、ハードウェアでは何もできないということです。

当初はいくつか事業アイデアがありました。例えば、映像データの検索システムや、ウェアラブルデバイス、ドライブレコーダーなどを考えつきました。

その上で、映像ビジネスの世界で経験を積んできた結果として、映像データとお客様のニーズをきちんと把握し、そのニーズに応えきれた事業が次の世界を取るということを感じていました。

そして、映像のリアルタイムデータを集めることを考えたときに、防犯カメラが最も大きなデータになるのではないかと仮説を立てました。そして、利便性の観点から、やるなら置くだけポンで、工事がいらないものにしようと考えたのが事業領域を決めた経緯です。

PMFまでは、経営者が現場に行き、負の解決にフルコミットする

─プロダクトはなく、紙4枚の事業計画書しかない状況から、どのようにプロトタイプを作り、市場の証明をしていったのですか。

佐渡島氏:事業をどう進めていくかという部分には、ハードウェア企業で働いてきた経験がとても役立ちました。ハードウェアの場合、いきなりメーカーに赴いて生産の交渉をしようとしても、門前払いになります。それでは部品の調達さえできないのです。

僕は、「もしこの領域でプロダクトを作るとしたら誰と組もうか」と、サラリーマン時代から考えて準備していました。そこで、まずは世界中のカメラを集めて分解し、中を覗いてみました。そうするとほとんどのカメラに米国企業のAmbarella製のチップが入っていた、そしてちょうどAmbarellaは日本への本格進出を窺っていたタイミングでした。

だから僕はいきなりハードウェアメーカーに行くのではなく、Ambarellaに話をして、「自分たちがプラットフォームを作るから一緒にメーカーを落としにいこう」というディールをしたのです。

─退職前に生産の当てを見つけていたのですね。

佐渡島氏:そうです。加えて、Go Proのようなアクションカメラを作っている企業にもアプローチして、ミニマムロット数をお互いコミットするという約束を取り付けました。

そこまではソニー在籍中に目途をつけていました。そこから先、最初の販売は、知人の関係を使ってクラウドファンディングを行い、数百台のプリオーダーを確保した形でスタートしています。

─2014年に設立されてから約3年間は非常に苦労されたと認識しております。メインターゲットとなるお客様を見つけ、PMFにいたった流れを教えてください。

佐渡島氏:ARR1億に到達するまでに3年半以上かかっていますから、ハードシングスはたくさんありました。

例えば、最初のクラウドファンディングです。初期のハードウェアではWi-Fiしかつながらないインターフェースで製造しました。

それなのに、Wi-Fiがほとんどつながらなかったのです。ルーターから10m以上離れるとプチプチ切れる。これが3000台できてしまったのです。目標金額や支援者は集まりましたが、売ったらとにかくクレームが来る。3年半、2万円のカメラのカスタマーサポートを、僕を含めて全員で行う悲惨な毎日でした。

そんな時に出会ったのがこのボックス(下図参照)です。建設現場の人たちが自ら、ルーターとWi-Fiをひとまとめにし、箱に入れて使っていたのです。僕は、こういう可能性もあるんだと気づき、自分たちで同様に箱を作り、売り始めていました。

─UB Venturesでも、ハードウェア×ソフトウェアのスタートアップに投資していますが、ハードウェアは製造のために先に出ていくお金があり、キャッシュフローという意味では、ソフトウェアに比べ注意が必要です。PMF前の時期にCEOとしてキャッシュバーンとのバランスをどう考えていましたか。

佐渡島氏:新たなハードウェアに関しては、最初はプロダクトアウトで出さざるを得ないと思います。よく「主な移動手段が馬車であった時代に、次に欲しい移動手段は、もっと良い馬車だった」といった話を聞きますよね。

人はまだないものを欲しいと思うことができないので、まずはプロダクトアウトで作って、最初のお客様をつかむことが重要だと思います。

ただ、僕らはお客様にはこだわっています。センターピンとなるお客様だけを倒していくことを徹底しているのです。

例えば、Wi-Fiが全然つながらなくてクレームが来ているのに、某大手アパレルメーカーを攻め続けました。ここさえ倒せれば、その先に間違いなく次のお客様がついてくると思ったのです。

そしてその会社の店舗は、レイアウトをすぐ変えられるという特徴があったため、交渉してWi-Fiルーターの位置を変えてもらうことで、通信に支障のない設計にすることができ、導入が進みました。

─センターピン、非常に重要で面白いコンセプトです。センターピンを倒すためのポイントについて、もう少しお聞かせいただけますか。

佐渡島氏:センターピンを倒すとは、業界ナンバーワンの会社を落とすことだと考えています。

ナンバーワンの会社には優秀な人が多いですし、こちらが熱心につくりたい未来の話をしたら、「いっちょやってみるか」というある意味変わった人が結構いる。その人をまずグリップする。そして、その人としっかりと現場の負を解決すること、これが大事です。

そして、新製品はその人たちの現場の負を全部解決するために作るというくらい、フルコミットして作る。そこまでやると、その会社の現場すべてに入れてもらうことができます。

─現場のお客様の負を観察し、自分の先入観を捨てた状態で正しい方向性で開発することはスタートアップにとって必要不可欠なポイントです。御社では、どのようにお客様の負をあぶり出していったのでしょうか。

佐渡島氏:文字通り、延々とお客様と一緒に行動しました。それくらい、解決したい負に深く入り込むことが大事です。

会社となるとよく、物を作る人と売る人、経営する人というように分けたがるのですが、PMFもしていない状況で分けたところで意味はないと思います。逆に、経営者が現場に行き、真剣に事業開発をしている会社は最後には売れます。

経営者自ら稼ぐことや、お客様の負の解決にコミットする。その結果、例えば鹿島建設さんが持っている多数の拠点に導入いただけるようになりました。

波が来た時に先頭で乗れるためのリスクマネジメントこそハードウェアスタートアップの根幹

─プライシングについても伺いたいと思います。セーフィーのような新しいコンセプトのプロダクトを出していくときに、どのようなプライシング戦略を取ると良いのでしょうか。

佐渡島氏:プライシングは、競合とのバランス、優先順位が大事だと思います。

僕たちが最初に作ったプロダクトは、月額1200円で販売しました。クラウドカメラ事業は、国内大手の通信企業やメーカーも実は展開していましたが、その多くは月額6000円ほど。その5分の1という説明はお客様にもわかりやすかったと思います。

仮に、大手が6000円だからといって僕らが3000円に設定していたら、大手競合は2800円、2500円などとチャレンジしてきたと思います。でも1200円だと、競合はチャレンジしようがない。それより下げれば、事業として成立しないからです。

僕はこのプロダクトはバラまくためにつくると決めていたので、競合が参入したくなくなるプライシングを意図的に設計しました。

─最初は採算度外視でマーケットシェアを取りに行って、データが溜まってきたら、本番のプロダクトを作っていくと。振り返って、どのタイミングで市場を捉えた感覚がありましたか。

佐渡島氏:良かったと思うのは、次に出した機種ではWi-Fiがよくつながる状態にできたことです。その途端にeコマースでも売れるようになりました。まずは、当たり前ですが、現場の負が解決されていくことだと思います。

一方で、新しく作った『Safie Pocket2(セーフィー ポケット ツー)』というウェアラブルクラウドカメラは月額2万5000円にしました。このプライシングは、私と営業部長の間で非常に議論したところです。

私は、スマホと同じような感覚で使ってもらいたいと思い、1万2000円が適正価格だと思っていたのですが、営業目線で言えば、「競合のいない商品であればセールスのモチベーションとなるプライシングにしないと伸びない」と言われ、2万5000円を提示されました。

ローンチしてみると、2万5000円でバンバン売れて、結果としてARRが90億くらいまで伸びました。だから決して、僕の思うプライシングが正しいわけではないのです。

実際に当社はコロナの最中に、1年半でARRが2.5倍になりました。コロナで現場に行けなくなった人たちが、クラウドカメラをどんどん使ってくれて、ある朝起きたら会社が黒字化していました。勢いよく需要をつかんだのです。正直な話、僕の努力よりコロナの方が要因として大きかったと思います。

成功する瞬間は、たまたま波が来るのですが、失敗するときは、ヒト・モノ・カネの様々な問題が必ずあり、再現性があります。

スタートアップの経営で大事なのは、失敗の再現性をどれだけ早く修正し続け、成功の波が来たときに、先頭でサーフボードに乗っていられるかということです。このリスクマネジメントの我慢レースは経営において非常に大事です。

─波が来たときに乗れるかどうかは非常に重要ですね。最後に、ハードウェア×ソフトウェアの領域にチャレンジするメリットや注意点をお聞かせください。

佐渡島氏:解約しづらいプロダクトや設計にすることがまず大切です。そのためにできることは全部やりきる。そして、センターピンのお客様をつかむ。お客様はコピーできないので、これをやりきれば経営基盤は強くなります。

注意点は、順番を間違えると膨大なお金だけがかかって終わってしまうということです。これがハードウェアの本当に難しいところで、間違わないように慎重にリスクマネジメントしてやっていく必要があります。

そういう意味では、センターピンを倒すまでは、エクイティで資金調達するのは避けた方がいいのではないかと考えます。順番については経験した人に聞くのが一番早いですね。

僕は来年以降、日本国内でM&Aがホットになってくると予想しています。50~100億でIPOしても全然幸せなことはないので、それなら5社でまとまって500億の状態でIPOした方がいいと思うのです。

グローバル機関投資家とも話していると、投資のライン時価総額5000億円からというところが多いです。そこまでいけると思う企業には時価総額200億円時点でも投資するけれど、そうならないと思われる企業は相手にされない。

自分の事業に誇りを持つことはいいのですが、誰かと一緒にやった方が早い場合もあります。そこはバランスが求められるようになるのではないでしょうか。


編集:UB Ventures SaaS Research Team
2024.08.15