【PLG】フリーミアムを科学する

By高野 泰樹

METRICSTRENDS

フリーミアムによるPLG(Product-Led Growth)の実践―――。

PLGを実践していくにあたり、フリーミアムモデルを検討している場合でも「プロダクトの設計」「マネタイズ」「開発力」など考えるべきことが多く、選択に臆してしまう方も少なくないと思います。

しかし、PLGでのグロースを志向し、かつ、グローバルに展開できるプロダクトをつくりたいと考えているならば、フリーミアムは非常に強力な手段となります。それは、フリーミアムの本質がVirality(バイラル)にあるからです。

「日本発のグローバルスタートアップを支援したい。」

その想いから、今回改めてフリーミアムの核心である「無料版の設計」「バイラルの仕組み」を考えることにしました。

フリーミアムの本質

バイラルを上手に活用してきたSaaSスタートアップは、グローバル市場において、少ない営業人員を以て、高速で拡大することに成功してきました。

しかしながら、前回のPLG記事のとおり、フリーミアムは全てのプロダクトにフィットするわけではありません。

前回記事:
【解説】SaaSの新戦略。Product-Led Growthの全貌
【対談 湊×大山×岩澤】Product-Led Growthの日本における実現可能性とは

フリーミアムの肝は、バイラルを活かすことで、営業人員に頼らず、プロダクトがセルフサーブで高速に広まっていくことです。

つまり、その前提には、

  1. セルフサーブ可能なわかりやすいプロダクトであること = ユーザーが早く価値を感じられる(Time to Value)
  2. 拡大スピードを支えられるコスト構造(属人的なCSサポートを必要としない高粗利率)のPLG型プロダクトであること

の2点が必須となります。

その上で、フリーミアム成功のために必ず抑えるべきポイントは、「無料版の設計」「バイラルの仕組み理解」の2点です。

この記事では、それら2つのポイントに対する一般的な解釈に疑問を呈し、科学的に、より本質的な部分に迫っていきます。

それでは、以下詳しく説明していきます。

無料版設計のカギは、機能制限ではなく「カスタマージャーニー」

改めて、フリーミアムの教科書的な定義は以下の通りです。(比較のためにフリートライアルも)

フリーミアム:一部機能を制限したプロダクトを、無期限で無料開放
フリートライアル:全ての機能を備えたプロダクトを、期間を限定して無料開放

この定義を素直に解釈すれば、

「フリーミアムは有料版との差異の設計のため、無料版では何らかの機能を制限する必要がある」と理解できます。

そこで次に考えるのは、

「自社のプロダクトではどの機能を無料にして、どの機能でマネタイズしよう?」ということではないでしょうか。

しかし実は、この思考こそがフリーミアムを失敗に陥れます

フリーミアムの前提の通り、PLGの本質は「いかに早くプロダクトの価値をユーザーに体感してもらえるか」です。

そのため無料版では、プロダクトにとっての本源的な価値が提示されている必要があります。ここでいう本源的価値とは、「顧客ペインから解決までのカスタマージャーニーがワンストップで経験できる状態」とも言えます。

だからこそ一番重要なことは、無料版であっても、本質的な顧客課題に対してのカスタマージャーニーが体験できることなのです。「ペインの解決に至るまでの体験自体」に価値を感じるからこそ、ユーザーはセールスの手を介すことなくセルフサーブしていくのです。

機能制限軸で無料版を設計することの問題点は、単純な一部機能の開放で止まってしまうことです。機能制限といった機能の切売りの発想から離れ、カスタマージャーニー起点で無料版を設計することこそがフリーミアムにとって最も重要なポイントと言えます。

カスタマージャーニー設計の成功例:mailchimp

具体例としてメールマーケティングツールであるmailchimpの無料版設計のポイントを紹介します。

mailchimpの価値は、「エクセルで送信リストを管理→デザインツールで画像を作成→MAツールなどの別ツールで効果検証」と各工程で分断されていた従来の操作を、mailchimp上ではワンストップで完結できることです。

つまり、「デザインテンプレートで優れたメール作成できること」がmailchimpの本源的価値ではなく、「メールマーケティングに係る分断されていた業務フローをシンプルな操作で完結できること」がmaiichimpの本源的価値なのです。

そのため、mailchimpの無料版ではその顧客体験を体感してもらうため、「顧客リスト→メール作成→送信後のカスタマーアクション計測」の全機能を一貫して利用することができます。

デザイン性の高いメールを簡単に作成できるという機能だけの開放であれば、その真の利便性を感じることはできるでしょうか?きっと、従来メールテンプレート作成にかけていた時間を短縮できるツールというNice to haveなプロダクトに終始していたのではないかと思います。

繰り返しになりますが、フリーミアムにとって重要なポイントは、優れた機能のアピールではなく、ユーザーに体験して欲しいカスタマージャーニーを提供することなのです。

機能フォーカスの失敗例:Evernote

一方、カスタマージャーニー視点が足りず、フリーミアム設計に失敗した例としてはEvernoteが挙げられます。フリーミアム第一世代として、2012年にシリコンバレー初のユニコーンとなったEvernoteでしたが、2014年以降は事業の縮小を余儀なくされます。

2018年に新たにCEOに就任し、Evernote再建に貢献したイアン・スモールのブログは、この原因が規律を失った総花的な新機能開発にあると振り返ります。

当時の社内には、新機能の拡張にこそ価値があるという雰囲気があり、webクリップやタグ機能、レシピ用機能などのあらゆる追加機能の開発を推進していました。そして、そのような新機能を複数デバイスで同期できることをフックに有料版転換を狙っていました。

しかしながらこれは、プロダクトを通じてユーザーに体験して欲しいカスタマージャーニーが不在で、個別の機能だけが無料版で提示されている状態です。

結果としてユーザーは、Evernoteの提供する機能の一部を各自バラバラに使用し、Evernoteがユーザーの日常フローに入り込むことはありませんでした。事実、Evernoteを一日一回以上開くユーザーは全体の7%ほどで、情報集約ツールとしては全く価値を見出されず、ほとんどのユーザーが無料版に滞留しました。

ユーザーは個別の機能の有用性を判断するだけで、Evernoteが提供するカスタマージャーニーを体感できないからこそ、お金を払うというアクションに結びつかないのです。

このように無料版では、ユーザーに体感して欲しいプロダクトの本源的価値(カスタマージャーニー)が明確に伝わっているのかを意識しなければいけないということが、Evernoteの例からも理解いただけたかと思います。

有料版はカスタマージャーニーの拡張

続いて有料版の設計に話を移します。ベーシックなカスタマージャーニーを無料版で提供できたら、有料版の設計はとてもシンプルです。

有料版では、無料版でのカスタマージャーニーを

  1. 機能軸
  2. ボリューム軸
  3. サポート軸

の観点から拡張していけば良いと考えてください。例えば、mailchimpを例にとってみてみます。

機能軸:有料版では、無料版に比べてより精度の高いメールマーケティングを行うための機能拡張を提供。例えば、ターゲットリストのオートメーションだったり、効果測定精緻化といった機能が該当。

ボリューム軸:プランアップするごとに送信数が増えるというシンプルな設計。

サポート軸:有料版では24/7のチャット・メールでのサポートを提供。

ここで注目頂きたいのが、有料版では全く別の追加機能を提供しているわけではなく、全てが無料版のカスタマージャーニーと滑らかに接続されていることです。

バイラルの威力

プロダクトの性質がPLGに合致し、さらには無料版で本源的なカスタマージャーニーを提供できている。この段階まで到達すれば、あとはバイラルのループを大きくするためのPDCAをひたすら回すのみです。

しかし、バイラルに対する一般的な課題として、

「バイラルは意図的な拡大がしづらく、プロダクトを作り上げた後はとにかくやみくもにマーケティングを実施する他ない」と考えられています。

果たして本当にバイラルは、管理不能で、日々のPDCAが回せないのでしょうか?

そこで、以下ではバイラルへの解像度を上げ、「バイラルの仕組み」「バイラルの要素分解」を考察します。

ここでは、下記のような創業直後のビデオミーティングツールをモデルケースに考えてみてみましょう。

  • 初期テストユーザー:100人
  • 1人あたりの平均伝播数:2人
  • 招待toユーザーコンバージョン率(%):10%

最初に、プロダクトロイヤリティの高いアーリーアダプター100人の顧客基盤が存在するとします。彼らが平均2人にミーティングリンクを送信し、リンクを受け取った人のうち10%が新規ユーザーにコンバージョンすると仮定します。

すると一定期間後には、100(人)×2(人)×10(%)=20人を新規ユーザーとして獲得することができます。

さらに、既存100人+新規20人=120人を顧客基盤に再度同じ仕組みでサイクルを回すことで、今度は24人の新規ユーザーを獲得することができます。

理論的には、このような仕組みで、プロダクトの潜在的なTAMまで指数関数的にユーザー数が膨れ上がっていくのがVairalityなのです。

バイラル増大のための重要指標「Kファクター」

バイラルの持つこうした効果を定量化し、PDCAをまわすことができるアクションプランまで分解するために重要な指標が「Kファクター」です。

以下、Loom、Typeformといった、フリーミアムを用いて著しい成長を遂げたスタートアップの初期投資家であるLouis Coppeyのブログを参照し、Kファクターを紹介していきます。

余談ですが、元々バイラルという言葉が病原菌の伝播速度を示す言葉であったように、Kファクターも「ウイルス感染者が何人に移すかを可視化するための指標」を応用したものになります。

Kファクターとは「期間内に既存ユーザーが連れてきた新規ユーザー数」です。

既存ユーザーが何人にプロダクトを伝播させ、さらにはそのプロスペクト(潜在ユーザー)の内、何人が実際にプロダクトを使ってくれるようになったかを示しています。

Kファクターを先ほど説明したモデルケースの数字に当てはめると、「1人あたりの平均伝播数」×「招待toユーザーコンバージョン率」にあたります。結論から言えば、このKファクターをK>1に近づけるように試行錯誤することが、バイラル効果を高めるためのアクションなのです。

それでは、もう一段階高い解像度で、Kファクターをみていきましょう。

Kファクターは、以下の3つのステップに分解することができます。

  1. アクティベーション率
  2. エクスポージャー(伝播)
  3. コンバージョン

Kファクター=「アクティベーション率×エクスポージャー×コンバージョン」です

つまり、サインアップユーザーがアクティベートされ(アクティベーション率)、プロダクトを他の潜在ユーザーに広める(エクスポージャー)。そして、その広められたユーザーが次のサインアップユーザーになり(コンバージョン率)、、、といった具合でバイラルが拡大してきます。

バイラル効果を改善、または拡大していくためには、この3つのステップが正しく機能しているかを見ていくことが最も重要となります。

それでは次に、それぞれのステップを詳しく解説します。

①アクティベーション率

アクティベーションとは、「ユーザーがプロダクトの本源的価値を実感するために、行う必要のある重要なアクション」のことです。

つまり「ユーザーがこれをしない限りは、プロダクトに満足したとは言えない」というアクションを指します。

アクティベーション率は、全ユーザーのうち何名がその重要なアクションを取ったかで計測することができます。

このアクティベーション率は、3つの指標の中でも最も重要な数値です。それは、プロダクトの本源的価値をどれほどのユーザーが体感しているのかを最もストレートに示しているからです。

故に、アクティベーション率が10%を切るような状態(言い換えれば、90%のユーザーがプロダクトの真髄を体感せずに離脱している状態)であると、

  1. 「アクティベーション」の定義の仕方に問題がある
  2. 無料版の設計が「機能ベース」になっておりユーザー体験が損なわれている
  3. そもそもプロダクトが「Must have」になれていない

といった問題が生じていると考えられます。

具体的なアクティベーションの定義を例示すると、

  • Zoomにとっては、ミーティングリンクを他ユーザーに送信するアクション
  • Mailchimpにとっては、ユーザーがメールを他ユーザーに送信するアクション
  • Typeformにとっては、アンケートを回答者に送信するアクション

をそれぞれ指します。

自社プロダクトにとって、アクティベーションは何かを見つけることは非常に重要です。「ユーザーのカスタマージャーニーが成功した状態はどういうアクションと定義できるか?」という質問と同義と捉えられます。

Mailchimpを例にとると、いくらユーザーがきれいなテンプレートを何十個もプラットフォーム内で作成しようとも、それを外部に送らなければ何の価値も生み出しません。それ故に、mailchimpのアクティベーションとは、ユーザーが外部にメールを送信するアクションである定義できるのです。

では「アクティベーション率」を改善するにはどのようなアクションプランが考えられるでしょうか?

それは、徹底してユーザーがプロダクトの価値を感じるまでの時間を短くすることです(Time to Value)。ここでいう「時間」とは下記の2種類を指します。

  1. 価値を生み出すまでの時間
  2. 共有するまでの時間

①の例としては、ミーティングツールにおいて、コールまでの時間をいかに削減できるかが挙げられます。

例えば、カレンダーツールとの連携によって、ミーティングリンク生成の手間を省くというアクションになります。またLoomのようなビデオツールでは、ブラウザのビデオ/マイクアクセス権をワンクリックで許可できるといった些細なことも、Time to valueの短縮につながります。

②の共有時間の削減では、プロダクト価値を外部にデリバリーするまでの時間をいかに短縮できるかが重要です。

例えばLoomでは、録画したビデオをリンクで即座に共有することができるのは基本して、Loomをプロダクトオンボーディング用動画として使うユースケースも多いことから、即座にGIF化できるといった工夫もなされています。

②エクスポージャー

エクスポージャーとは、日本語で伝播数を意味します。

ここでは、ユーザーがプロダクトをアクティベーションする過程で、「何名のユニークユーザーにプロダクトを伝播させたか」ということを意味します。

例えばTypeformにおいて、ある期間でユーザーが平均100件のアンケートを送っているとしたら、エクスポージャー数は100になります。Zoomだとユーザー1人あたりのリンク送信回数になります。

エクスポージャーは、言い換えれば「ユーザーが外部とコミュニケーションをする行為そのもの」だと言えます。

ですので、現状のプロダクトが解決するペインの延長線上にある課題も解決できるのではないかというように、「ユースケースを増やすには?」という観点でプロダクトを捉え直してみることが、エクスポージャーを改善へと繋がります。

例えば、従来の日程調整ツールにおいては1対1のみであった日程調整を、Calendlyでは複数間で調整できる機能を提供し、ユースケースを広げました。

さらには、Calendly workflowsにより、日程調整を軸にそれに付随する全ての業務を効率化していくことで、より多くのユーザーにCalendly を伝播させることができます。

ここでも忘れてはいけないのが、ユーザーのカスタマージャーニー起点で考えることです。エクスポージャーを増やすことが目的となってしまうと、多くの機能を矢継ぎ早に開発するといったことに陥りかねません。

カスタマージャーニーの便益最大化のためにできるユースケース拡大は何か」という問いから始めることを忘れないでください。

③コンバージョン

コンバージョンとは、②エクスポージャーフェーズにてプロダクトが潜在的ユーザーに伝わった後、「彼らが新規ユーザーとなる」ことを意味します。

コンバージョンを上げる施策は、主にランディングページの改善になります。

ここでは、Typeform、Loomといったフリーミアムで成功したサービスが、シリーズAまでに取り組んだコンバージョン向上施策を事例として3つ紹介します。

■ CTA(Call to Action)=行動を促すフレーズの「置く位置」と「文言の修正」を繰り返す。

例えばTypeformの場合、アンケートの受信者は必ず「creat a typeform」などの文言が添えられたアンケートが送られてきます。

Typeformでは、こうしたCTAフレーズをランディングページ、または、エクスポージャーの際にどこに配置するかといったA/Bテストを、初期にひたすら繰り返しました。

CTAの置く場所に応じて、メインホームページ・サインアップページ・プロダクトの「どのページへリダイレクトさせるのか」を設計する。

これは、潜在ユーザーのプロダクト理解度に応じて、表示させるページを変えるという施策です。これによりコンバージョンが改善します。

例えばTypeformでは、アンケートを2回以上の受信したことがある潜在ユーザーに対しては、CTAボタンが直接プロダクト画面へリンクする仕様にしました。

このような潜在ユーザーは、プロダクト概要を既に理解しているはずです。そのため、メインホームページにリンクさせるよりも、実際のプロダクトでアンケートを自ら作ってもらう方がコンバージョンが高いと考えたからです。

■ LPにはプロダクト動画(GIF)を埋め込み、テキストでの説明を最小限にする

LP(ランディングページ)では、特に直感的にプロダクトを理解してもらうことが重要です。

Typeform、Loomでも、プロダクト操作のGIFをLPのトップページにおいてます。

両社ともに、GIFを最初にクリックしたユーザーのコンバージョンレートは、クリックしていないユーザーに対して有意な差があったと言います。

結果として、Typeformはこれらの小規模改善により、2年間でコンバージョンレートを4%から8%へと改善することに成功しました。

測定不能と考えられていたバイラルも、アクティベーション・エクスポージャー・コンバージョンという3つのプロセスに分解することで、改善策が整理されます。

まずは、アクティベーションの定義を決め、計測し、「アクティベーション・エクスポージャー・コンバージョン、どの指数を改善するためのアクションなのか」を常に意識しながらPDCAを回す。

これが、フリーミアムの肝である「バイラル効果」増大のための定石となります。

終わりに

フリーミアムにおいて、無料で「一連のユーザー体験を提供」し、「バイラルで高い効果をあげる」ことができれば、そのグローススピードとスケーラビリティの破壊力は凄まじいものがあります。

概念が先行し具体的な議論がなされづらいフリーミアムが、スタートアップの選択肢として採用される。そんなきっかけになって欲しいと本稿の執筆を進めてきました。

この記事がグローバルに展開するPLG型スタートアップの力に少しでもなれれば幸いです。


執筆:高野泰樹 | UB Ventures アソシエイト
編集:早船明夫 | UB Ventures シニアアナリスト
2020.12.17