立ち上げ期こそ、有料化せよ

SCALING

BtoB SaaSにおいては、顧客が抱える課題の大きさが事業のスケールに直結します。如何に素晴らしいプロダクトを作ったとしても、向き合う課題が小さく、その課題を持つ人々が少なければ事業は成り立ちません。顧客が喉から手が出る程、解決策が欲しいというバーニングニーズを見出すことが、全ての前提となります。

そのためには、顧客から表層的ではない、本質的なフィードバックを引き出すことが求められます。顧客自身が課題解決に向けて本気になり、プロダクトへの提言を惜しまない関係づくりが必要です。

初期段階で顧客との良質な緊張関係を創り出すために、やるべきことは「有料化」です。無料利用の場合やサービスが廉価である場合は、顧客も意思決定が軽く、プロダクトに対する期待も高くなりません。有料利用かつ一定程度高額な対価を払ってもらい、プロダクトへの期待を持った状態で指摘や提言をもらう仕掛けをすることが、プロダクト開発においては近道となります。

上記は既によく語られている内容ですが、それでもα版、β版を無料提供し、本リリース後になってからプロダクトが浸透せず大小のピボットに迫られるケースが散見されます。初期の揺り戻しを防ぐためには、有料化が一つのカギです。それでは具体的にはどの段階で、如何に有料化していくべきなのか、顧客との交渉にてそれをどう実現できるか、本稿にて整理します。

お金を払ってでも切望する課題か、見極める

創業当初は、対応する課題を持つターゲット顧客に多くのヒアリングを重ね、具体的なペインポイントを確認し、プロダクトの輪郭を描いていく過程があります。その過程の中で、α版、β版プロダクトでの無料のテストユーザーとなってもらう、もしくはPoCを無償で行うことがよく見られるステップです。

しかし、このプロセスでは、実際に売ってみる、というアクションは行われていません。バーニングニーズかどうか確認する方法として、このプロセスの中で実際に売ってみることが重要です。

具体的には、プロダクトの本リリース前の段階で、お金を払ってでも解決したい課題なのか、必ず検証をし、α版やβ版でも有償利用をお願いすべきです。なお、廉価で売ってしまっては顧客の意思決定も軽く、バーニングニーズの特定に至りません。またBtoB SaaSでは自社の営業コストを回収できるだけの対価としては一法人で月額10万円以上が必須となります。10万円以上を支払ってもよいと意思決定できるか、顧客に問うことが重要です。

このフェーズでは、プロダクトが未成熟で、まだ売れるものになっていないという状況ですが、一方でお客さんの中で課題が深刻であれば、その課題解決のプロセスにお金を支払うはずです。対照的に、仮にその課題解決にお金を払うほどのニーズがない場合、検証が遅れれば遅れるほど、時間と労力を無駄にします。

そのため前提として、プロダクトを売る前に、顧客の解決したい課題で売る、を初期検証の最重要ステップとして据えましょう。

課題解決のプロセスを売る

課題で売るといっても、やはり、売り物がない、もしくは商品としての価値がない状態で売ることには、抵抗があるかもしれません。一方で、提供できるものはプロダクトだけではありません。例えば、有料POCとして売る、コンサルサービスとして売る、といった課題解決のプロセスを売る、自社のリソースを売ることは可能です。

支援先のスタートアップでは、本リリース前の段階で、コアターゲットとなる大手企業とのPOC案件を有料で獲得し、その企業のニーズをくみ取りながらプロダクト開発を行っていました。また別のスタートアップでは、解決したい課題にフォーカスして、ターゲット顧客の3社から有料で業務委託契約を結び、テスト版のプロダクトを用いてCEOが業務対応を行っていました。

対照的に、無料でPOCを長期間実施する、有料化に慎重になりすぎるあまり無料提供期間中に開発する項目を多くする、といったことはやめるべきです。また、初期ユーザーへの恩義から本リリース後も長期間無料や廉価でのサービス提供をするケースもよく見られますが、この場合も期限を定めて、次のアクションについてユーザーと合意形成をすべきです。お金を払ってでも解決したいと願う課題を見つけることを目的としたときに、不要なアクションは徹底的に捨てましょう。

初期に有料化すべきでないケース

ここまで有料化によって狙える効果についてお伝えしましたが、初期に有料化すべきではないケースも存在します。そうしたケースを以下より詳述します。

  • Product-led Growthモデル
    Product-led Growth(PLG)モデルでは、初期段階での有料化は行うべきではありません。PLG戦略では、プロダクトによる体験価値を如何に高められるかが勝負となります。また、フリーミアムで価値を体験するユーザーを多く獲得することが重要となります。そのために、有料化の前段階で、一定の価値を体験できるレベルまでプロダクトを作りこむことが必須です。Sales-led Growthモデルと違い、こちらから再提案する機会を作ることができないため、生半可なプロダクトを体験し失望してしまった顧客を取り戻すことは極めて困難です。
  • 新たなオペレーション構築をセットで提供するモデル
    現状で顧客の業務にまだ存在しないオペレーションを提案し、構築することを前提としたビジネスの場合は、具体的なソリューション、プロダクトがないと顧客も判断ができません。BtoB SaaSの多くは、既存業務の代替、効率化に根差したプロダクトとなりますが、例えば米国で先行するオペレーションとビジネスで、日本にはないものを提供する場合は、顧客が新たなオペレーションと成果を想像しえるだけの具体的な材料が必須となります。

SaaSビジネスにおいて、プロダクトは事業価値の源泉です。そのプロダクトを作り出す過程において、起業家はすべからく悩み、時に揺り戻しを迫られることも多くあります。また初期段階においては、そうした揺り戻しは事業上クリティカルになることもあります。

それを未然に防ぐために、バーニングニーズを確実に見つけること、そして継続して本質的なフィードバックを引き出すことを強く意識し、そのためのアクションを徹底すべきです。

UzabaseのSPEEDA Asia事業の最初期では、ポテンシャル顧客へのヒアリング段階では概ね好評だったものの、その後実際に売ってみると同じお客さんでもお断りをいただく状況が続きました。お金を払っていない状態ではカジュアルな受け答えにしかならず、本気のフィードバックはもらえないということを痛感しました。

このような自分自身の過去の失敗から、スタートアップの0→1の立上げでは、甘えることなく何を徹底的に行うべきだったかを考え、本稿を執筆しました。今後も継続的に、シードアーリーステージの起業家の皆様の0→1の過程に、少しでも寄与できるよう、UB Venturesは活動してまいります。


執筆:大鹿 琢也 | UB Ventures プリンシパル
2022.07.18